壮絶な買占めを行った石油王ハント兄弟と銀相場(銀投機)事件

商品先物の大相場で名前のあがる事件の一つが、石油王ハント兄弟の銀買占めです

銀のチャートはこちらです。

石油王ハント兄弟の銀相場 買占め

アメリカの富豪で石油王であったネルソン・バンカー・ハントと弟のウィリアム・ハーバート・ハントの兄弟が、1970年代に、大量の銀の買占めを行ったために、銀市場が暴騰した後に、暴落し、結果的にハント兄弟は破産しました。

銀のアクセサリー

銀相場事件の背景

1979年、第二次オイルショックとソ連のアフガニスタン侵攻により、世界的にインフレと将来不安が拡大し、金価格が暴騰しました。

アメリカの石油王ハント兄弟は、金に対して割安になった銀に目を付け、これで一儲けしようと考えたのです。

宝飾用・財産として利用される金に対して、銀は、写真用フィルム・医療用など工業的に使われることの多い貴金属です。

ハント兄弟と銀相場の動き

ハント兄弟の推定銀保有量は1億トロイオンスともいわれ、銀先物取引と銀塊価格は1979年9月の1トロイオンス11ドルから1980年1月の1トロイオンス50ドルまで急騰したものの、その2ヶ月後には1トロイオンス11ドル以下に暴落しました。

それまでの銀価格が、8ドル~9ドル程度であったのに対して、5倍~6倍の急騰です。

この暴騰~暴落により最盛期には、100億ドル近い評価益を得ていたハント一族は、追加証拠金のねん出ができなくなり、1980年3月末に銀相場は終了しました。

銀相場の急騰に対しての取引所の規制

銀相場の急騰に対して商品先物取引を認可・規制するCFTC側も黙ってはいませんでした。

CFTCが急騰する銀価格を抑えるために、3つの手段を段階的に行いました。

1.先物ポジションに対しての当初証拠金の引き上げ

2.投機ポジション量の取引制限

3.現有ポジション解消のための清算取引のみを許可

これだけ、規制されるとハント兄弟が銀価格を吊り上げようとして、先物市場で銀を買おうとしても買うことができません。

まず、銀を買うために必要な証拠金が増額され、次に取引できる量が制限され、最後は、決済しか行えない状況になったわけですから暴落するのも当たり前です。

取引所側としては、この銀買占めは、価格操作(市場操作)に当たるとして断固たる処置をとったわけです。

CFTC(Commodity Futures Trading Commission)とは、商品先物取引の認可権を有している行政委員会。米国で1974年に商品先物取引委員会法にもとづいて設立された。

出口戦略

大量の資金をもって、株や商品を買い占めることを「仕手」と呼びますが、買い集めた株や商品は、持っているだけでは含み益の状態です。いつか売りに出して利益を確定しなければいけませんが、これが難しいのです。

なぜなら、自分が持っている大量の株や商品を売るには、誰かが買ってくれなければいけません。誰も買う人がいなければ売ることができません。

しかも、大量に保有しているわけですから、もし、仕手の本人が売っていることがバレてしまえば、誰も買ってくれませんし、皆が売りに回って暴落してしまいます。

そこで、徐々に、売っていく必要がありますが、値段を下げずに少しずつ売るのは、保有している量が多い程、難しくなります。

銀(シルバー)の商品特性

銀(シルバー)の商品特性を日本商品先物振興協会から抜粋します。

(1)その昔、現在のように採掘技術がないとき、金より生産量が少ないことがあり、金より希少価値があった時代もありました。しかし、現在では貴金属としての注目度が低下するくらい大量の生産量があります。また、すぐに変色するためあまり見た目のイメージもよくないことが挙げられます。

(2)生産動向=メキシコとペルーからの生産量が世界全体の約60%を占めています。大量の生産量と供給過多による銀価格の低迷は、銀の採掘が銅、亜鉛、鉛の副産物として産出できるケースが多く、生産コストが極めて低いことが考えられます。

銀の需要としては、写真用フィルム、宝飾品、銀製品、貨幣、その他工業部門に利用されています。このうち、写真用フィルムに利用される量が総需要の約25%を占めていました。ただし、この分野の消費量はデジタルカメラの普及により、今後、需要は伸び悩むと予想されます。※日本の消費量は年間3400トンこのうち約半分が写真フィルムの感光材料として占められています。

出典:日本商品先物振興協会

カメラの写真フィルム

ネルソン・バンカー・ハント氏と競馬事業

ハント氏は、この銀相場事件で完全に終わったわけではなく、その後も政治・経済分野で活躍しています。

また、サラブレッド競馬のオーナーブリーダーとしても有名です。

彼の所有馬には、ヴェイグリーノーブル(凱旋門賞馬)、ダーリア(キングジョージ)、ダハールなどがおり、1976年には、エンペリーで英ダービー(エプソムダービー)を制しています。

ちなみに、1976年の日本ダービー馬はクライムカイザーです。

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