LTCMを作り上げたジョン・メリウェザーは、世界を震撼させた男

1998年に起きたロシア通貨危機とヘッジファンド「LTCM」の物語は、過去の歴史の一幕として、現在の欧州危機に対応するために学んでおきましょう。

LTCMとジョン・メリウェザー

LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)はソロモン・ブラザーズの債券トレーダー、ジョン・メリウェザーにより設立され、1994年に運用をスタートしたヘッジファンドです。

LTCMとスーパースター

LTCM創設を行ったジョン・メリウェザー自身、債券トレーダーとして著名な人物で、金融工学をウォール街に取り入れた中心人物です。

さらに、オプション価格理論(ブラック・ショールズ方程式)により、ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マートンとマイロン・ショールズ・アメリカの中央銀行にあたるFRBの元副議長デビッド・マリンズなどの金融界のスターたちが、参加していました。

そのため、野球やバスケのように、ドリームチーム・オールスターと言われ、ピーク時には、1,300億ドル(10兆円)の資金を運用していた花形ファンドです。

LTCM自身の社員数は、100人超とスーパースターの少数精鋭ファンドとして運用が行われ、顧客も一般個人ではなく、銀行・各種年金基金などの機関投資家・富裕層を相手にしていました。

LTCM伝説―怪物ヘッジファンドの栄光と挫折

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LTCMの運用方針

その運用方針は、流動性の高い債券がリスクに応じた価格差で取引されていない事に着目し、実力と比較して割安と判断される債券を大量に購入し、反対に割高と判断される債券を空売りするもの(レラティブ・バリュー取引)であった。

コンピュータを用いて多数の銘柄について自動的にリスク算出、判断を行って発注するシステムを構築した。また、個々の取引では利益が少ないことから、発注量を増やし、レバレッジを効かせて利益の拡大を図った。

その後、1995年にはM&A、1996年には金利スワップ取引、1997年には株式やモーゲージ取引のように、流動性が低く、かつ確実性の低い市場取引にも参入していった。
出典:wiki

LTCMは、単純にどこかの株式を買うといった取引方法ではなく、アービトラージ(裁定取引)と呼ばれる組み合わせ取引やデリバティブの一種であるスワップ取引を中心とした取引をレバレッジをかけて行い、多額の利益を上げていたのです。

リスク管理手法の罠

ハリー・マコーウィッツの考案したポートフォリオ理論に二つの重要なポイントがあります。

1. ボラティリティ:値動き(変動率=ボラティリティ)が大きい株式は、小さい株式よりリスクが高い

2. 相関性:異なる株式を組み合わせたポートフォリオのリスクは、個別株式のリスクの合計より小さい

そして、この二つの要素からVAR(バリュー・アット・リスク)と呼ばれるリスク管理システムが生まれたのです。ただし、ボラティリティの考え方・標準偏差の考え方は、予想外の出来事に対してのリスク対策にはならないことが後に分かります。

世界最大級の金融破綻

1997年のアジアから始まった国際金融危機は、1998年にロシアへそして、中南米市場、アメリカ市場を襲っています。

この危機が起きた原因として、 世界経済は、冷戦終了後、欧米や日本からの資金が、アジアやロシア、中南米などの「新興市場」に投資していたことがあげられます。

ロシアも資本主義参加により、欧米の投資家が、民営化されたロシアに資本投資を行い、1997年のロシア株は、ドル換算で149%もの上昇を記録し、ロシア国債は、年率40%以上もの金利がついていました。

このような状態が、長く続くわけではなく、一旦、危険の臭いが漂うとリスクがリスクを呼び、お金は逆流して、ひたすら安全な資産に逃げるのです。

つまり、新興国などから資金を引き揚げ米国債や日本国債など安全な資産にお金を移す流れになったのです。

1998年8月17日、ついに、ロシア政府がルーブル切り下げと国債デフォルトを宣言し市場は大混乱を起こしました。

これは、現在も経済危機が起きるたびに発生しており、リスクオン・リスクオフという言葉で表現されています。

●ドル/円の月足(上田ハーローFXチャート

ドル円の月足

ドル/円は、1998年8月の140円台後半から、10月には111円台までドル安円高が進みました。

LTCMの危機と救済

LTCMは、巨大な債券のポジションを持っており、特に、割安な債券(リスクの大きな)を保有し、割高な債券(リスクの小さな)債券を売るポジションや流動性の低い分利益の高いポジションを保有して高利益を生み出していたのです。

そこに経済危機という荒波が襲ってきたのです。世界中のトレーダーがリスクの高い商品を売り、リスクの低い商品を買うというパニックによる単一行動を取ることで、相場の流れが大きく動き始めました。

LTCMは、アービトラージによる格差縮小を狙って利益を得ていましたが、相場が、格差拡大の方向に動きだし、利益どころか損失がふくらみ、担保の増加を次々に求められたものの、担保がない状況に陥ったのです。

ところが、担保がないためにポジションを処分しようにも、誰もそのポジションを引き受けてくれない・自己の売りが値段をさらに下げるジレンマとなり、収拾がつかない状態になりました。

最終的に、金融システムを破壊しかねない状態となったLTCMを救うために、ニューヨーク連銀のマクドナー総裁を中心に協議を行い、銀行と証券会社が資金提供を行うことで、2012年9月23日に合意しました。

銀行団は、36億2,500万ドルの救済資金を投入しLTCMを救うことになったのです。

そして、ジョン・メリウェザーと彼のドリームチームは終わりを迎えました。

歴史は繰り返す

しかし、このLTCM危機より約10年、サブプライムローン危機からリーマンショックが起きたことは、過去を繰り返す・歴史からは学ばないなのか・・。

どうしてもイケイケの初期に自分だけがリスクを守った安全な生き方をすると、周囲から取り残されます。会社でいえば、成績が上がらない・儲けない。そんな社員の居心地がいいわけがなく、辞めるか辞めさせられることになります。

かくして、歴史は繰り返してしまうのです。

●NYダウ月足:グーグルファイナンス

NYダウ

LTCM後のジョン・メリウェザー

ジョン・メリウェザー氏はLTCMの閉鎖直後に2つ目のヘッジファンド、「JWMパートナーズ」を設立したものの、金融危機の影響で、顧客資産が44%余り目減りし運営を停止。

その後、2009年に新ファンドとして、「JMアドバイザーズ・マネジメント」を立ち上げたとのことです。

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