最後の相場師として住友金属鉱山株の仕手戦で活躍した是川銀蔵氏

日本セメント株や住友金属鉱山株の仕手戦で有名になった相場師が是川銀蔵氏です。お金が敵といい、威張りかえっている金持ちが嫌いと福祉に貢献した人物です。

住友金属鉱山の株買い占めでは200億円の利益を得て、1983年の長者番付第一位に輝き、一般の社会にまで知れ渡りました。吉野の相場師「吉野ダラー」とほぼ同時代で、実際、親交もあったとのこと。

最後の相場師の書籍:津本陽

津本陽氏の小説では、是川銀蔵氏をモデルに「長谷川平蔵」という名前の主人公を活躍させています。

仕手で200億円

小説ということになっていますが、ほぼ実話に近い形で是川銀蔵氏の晩年の大きな仕手相場を描いていますので株式投資を行う人は、読んでおいた方が良い名著です。

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最後の相場師:是川銀蔵氏の名言

小説:最後の相場師からいくつか名言を取り上げてみます。

・学問で説かれているような、きまりきった形の変動は、実際にはない。一つとしておなじ形の変動はない。

・相場にたずさわる者は、売り方は弱気にかたむきたがり、買い方は諸事強気に解釈しようとする。

・自分に都合のいい観測のみを聞こうとして、耳の痛い情報を黙殺したがるのである。

・投資家のすべては、他人と同じように動きたがっている。

・高きを買うのは、その成長性を予見するからであり、安きを売るのは、将来の低落を予知してのこと。

マネーアイデアの集めた相場名言・格言もご覧下さい。

住友金属鉱山の仕手戦:金鉱発見

是川銀蔵氏

出典:是川奨学財団

1981年9月18日の朝に日経新聞に載った「鹿児島県菱刈金山に高品位金脈」を発見の記事から住友金属鉱山の仕手戦が始まります。

買い占め前の8月の安値203円から仕手戦の様相となり翌年3月に大暴落の後、是川がもつ隣接鉱区を住友金属鉱山が買取、金鉱開発に着手すると発表した後に4月の高値1230円まで株は高騰となった。是川は約1500万株(本人の談話では名義書換を行ったのは1400万株)を買い占め200億円の巨利を得たとされる。出典:wiki

結果的に、菱刈鉱山は、世界でも有数の高品位鉱山であることが判明し鉱山の権利を持つ住友金属鉱山の株価は高騰することになったのです。

しかし、小説を読むとその間において、会社がなかなか金鉱山のボーリング調査の結果を公表しないなど紆余曲折があることが分かります。有力な金鉱山だと期待して大量の株価を買った是川銀蔵氏の焦燥に対して、住友金属鉱山側は、金鉱脈の品位にはバラつきがあり、一回や二回の調査では評価できないなどと市場の熱気を冷やします。

菱刈鉱山は鉱石1トン中に含まれる平均金量が約40グラムという高品位(世界の主要金鉱山の平均品位は約3〜5グラム)を誇っており、現在も1年間に7.5トンの金を産出しています。

出典:住友金属鉱山

2012年に新たな金鉱脈を発見

なんと、2012年10月9日に、菱刈鉱山であらなた金鉱脈を発見とのことです。約30トン(約1,300億円)の生産が見込まれるとのこと。

●住友金属鉱山の株価:SBI証券のチャート

住友金属鉱山株価

住友金属鉱山の株価は、9月6日を底値として上昇しています。

是川奨学財団の設立

最後の相場師と言われる理由の一つは、巨額の利益を稼ぎ出したことに加えて、奨学財団の設立という慈善事業を行ったことが挙げられます。

相場師は、一時の勝利を得ても相場を張り続けるうちに、結局、全財産を失うような大敗北を喫することが多いと言われます。その点、是川銀蔵氏は、是川奨学財団を設立し2012年現在も立派に活動を続けています。1992年に死去されてから早20年、活動を続けています。

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